説教要旨「新しいぶどう酒は新しい革袋に」ルカ5章38節

2月3日説教要旨【亀岡会堂・片岡牧師】
「新しいぶどう酒は新しい革袋に」ルカ5章38節

 「新しいぶどう酒は新しい革袋に」とはイエスがお語りになった言葉の中でも最も知られている言葉のひとつですが、イエスの言葉であるということを知らずに使っている人もいるでしょう。社会の中に新しいものが生まれる時には、新しいものを受け入れる心構えと、古いものを思い切って捨てる覚悟とが必要だというような意味での用いられ方をされると思います。新しい社会の仕組みや新しい技術、たとえば、鉄道や自動車が世の中に現れた時、「わたしはこれからもずっと馬に乗る!」とか「わたしはかごに乗る」と言っても、そんなことはできません。戦争に敗れて新しい平和な民主主義の時代を迎えた時、「どこまでもわたしは武器を持って戦うのだ」と抵抗しようとしてもそんなことはできないのです。古いものを引きずっていては、新しい時代に生き残ることはできないのです。

 イエスがこの言葉をお語りになった背景には、古いユダヤ教からの脱却という動機が働いていたと思います。具体的には、断食をめぐる問答がイエスと人々との間で起こったのです。ユダヤでは悲しみの時、嘆きの時、罪を犯した時などに、欲を断ち、心を神に向けることに集中し、罪を悔い改めて祈りに専念するために断食が行なわれました。

 しかし罪の悔い改めと言っても、どこまで断食をして祈れば、人間が改まるのでしょう。まことの救い、完全な救いが実現されなければ、どこまで行っても悔いるばかりで、ちっとも改まることがありませんが、メシアであり神の子であるイエスは、どんな人でも真の悔い改めに至らせるまことの救いの道を開くためにこの世に来て下さったのです。イエスと弟子たちとの関係においては、師と弟子の関係を越え、メシアとその救いに与る者という新しい人間のありようがそこに実現されているのです。

説教要旨「聖霊と火」ルカによる福音書3章15-22節

1月8日説教要旨【須知会堂・宇田牧師】
「聖霊と火」ルカによる福音書3章15-22節

 Iさんのところは年末年始はいかがでしたか(^^) ・・・ご家族が集まられて忙しく、お疲れになった。それはお疲れさまでした。その気持ちぼくもよ~く分かります。ぼくも大晦日は教会の青年9名とスイス人の牧師で年越しして、元旦も同じメンバーでお節を食べたりしました。みんなで過ごす時間は楽しいですけど、お料理とかあれこれの準備とか、いつもと違う生活のリズムになって、やっぱり疲れ果てますよね(^_^;) また、身体や心が疲れている時は、人との関わりも感情の起伏を抑えるので精一杯だったりします。

 そんな中でも、よかったな~と思うこともあって、この前の日曜日なんかはいろんな方が気遣って助けてくれました。自分が弱っている時に支えてくれる人がいる、本当にありがたいことです。感情的には「ごめんもう無理」でしたけど、自分の心をのぞいてみると「感謝しなきゃな」という気持ちも、ちゃんと隅っこに座っている。心が弱っている時にも、そういう気持ちを持ち続けられるのは、神さまのおかげかなと思います。

 この一年も神さまとの心の繋がりを大切にすごしたいです。「聖霊と火」をキリストから受け取りましょう。聖霊は神さまとの心の絆です。わたしたちの心と神さまの心を結びつける力です。そして火はわたしたちを成長させてくれる力です。わたしたちの心には自分の力では克服することの難しい思い上がりやわがまま、かたくなさ、幼さもあります。そんなところも神さまがちゃんと整えて、成長させてくれます 。

年末年始の一コマ。紅白を見ながら…

説教要旨「不安と喜び」マタイによる福音書2章1-12節

12月30日説教要旨【亀岡会堂・片岡牧師】
「不安と喜び」マタイによる福音書2章1-12節

 2018年は豪雨や地震、台風などの災害が多かった一年でした。国内外の社会情勢も大きく揺れ動いた一年でした。多くの人々が不安を感じつつ過ごした一年であったと思います。そんな中でわたしたちは教会に集い、イエスにつながる者として日々、神様のみ言葉を心に留め、主を証しする歩みを心がけてきました。私たちの歩みを神様が守り導いて下さいました。教会の交わりを通じてわたしたちは出会いと交わりをもち、少しずつ深めてまいりました。

 先週のクリスマス礼拝と祝会の後、なかなか教会に来ることのできない高齢の会員の方をお訪ねできることになり、数名の有志の方とキャロリングに行くことができました。『きよしこの夜』を歌い、祈りをささげました。神様が用意して下さった出会いに感謝しました。共に主イエスを信じ仰ぐ者として心を寄せ合って祈りを共にすることがいかに深い喜びと慰めをわたしたちにもたらすことであるか、改めて教えられた思いがいたしました。

 クリスマスの降誕物語のひとつに、東方の博士たちの来訪があります。占星術をするこの人たちは、救い主の降誕を知らせる星を見て、はるばる旅をして来たのです。しかし救い主の誕生を喜ばない人たちもいました。権力者たちの殺意が燃え上がる中、救い主に望みをかけた三人の博士たちは星に導かれてついに幼子イエスとの出会いへと導かれていくのです。  危険を冒してもメシアを訪ねる旅を続けた博士たちの信仰は何と深く厚いものであったことでしょうか。主の恵みに望みを抱いて進んでいく者を、主なる神は喜びの出会いへと導いて下さるのです。間もなく一年が終わりますが、これまでの主の豊かな恵みを感謝し、望みをもって新しい年を迎えていきたいと思います。