《説教要旨》「キリストに結ばれて生きる」 ローマの信徒への手紙6章1-14節

宇田慧吾牧師

 先日、地域の青年と話す中で、親子関係から受けた心の傷に縛られていたことをようやく自覚できたという話がありました。彼は聖書に出会い、一人一人が尊い存在であるという神の愛を知ることで、そのような自分の気持ちに気づくことができたそうです。またその翌日、別の地域の青年との話の中で、親しい人との死別によって心にできた穴や寂しさは、自然の摂理として受け入れるだけでは癒されないと思うという話がありました。彼は聖書が語る永遠の命や復活を信じることで神が真実に癒してくれると話していました。

 確かに「心の傷」や「死別の空虚」は自覚や人間の力だけでは治癒できない場合もあるように思います。私も自分の心の中を見つめると、心を縛っている恐れや罪があることに気づきますが、自分の力だけではなかなか克服できないことがあります。

 そのような「心を縛る力」から自由になるにはどうしたらよいのでしょうか。パウロは「キリストと結ばれる」ことを勧めています。特にキリストの十字架と復活を共にすることを勧めています。パウロにとってそれは、罪に縛られた「古い自分」が死に「新しい命」に生き始めることでした。おそらくパウロにはキリストに出会って変えられた、新しくされた実感があったのでしょう。

 キリストに結ばれて一緒に生きようとパウロは私たちを誘っています。キリストと一緒に生きていきたいと私は思います。私の心を縛っている罪から自由にしてください、新しい命に生きさせてくださいと心から願います。

2020年3月24日 須知会堂

《説教要旨》「信頼はだんだんと深まる」ローマの信徒への手紙4章1-12節

宇田慧吾牧師

 先日、予期せぬ困難な出来事に立ち合うことがありました。その時、神さまの御手の内にあることを信じつつも、心の中には不安や疑いもありました。そういった気持ちが今回の聖書箇所を読む中で変えられていく経験をしました。

 今回の聖書箇所では、パウロが「信じることによって救われる」ということをアブラハムとダビデを例に挙げて語っています。

アブラハムは「信仰の父」と呼ばれ、神に従順に従った姿が多く描かれています。そんなアブラハムでも恐れからか神に委ねきれず、自分の策を巡らして、愚かしい行動をしたこともありました(創12:10-20)。結局その時にも、神に助けられることで、神への信頼を深めたようです。その後の場面では、平気で損な選択を受け入れたり、危険な出来事にも勇敢に立ち向かったりしています。

 また、ダビデも敬虔な人物であり一国の王でもありましたが、ひどく恥ずかしい失敗も経験しました(サム下11:1-27)。それでもダビデが誠実であったのは、自分の非を素直に認め、神に罪を打ち明け、赦しを求めたことでした。ダビデによる詩編32編には「いかに幸いなことでしょう。背きを赦され、罪を覆っていただいた者は」とあります。

 アブラハムやダビデは、神に助けられる経験や赦される経験を重ねることで、神への信頼を養ったようです。パウロもまた時間をかけてキリストに出会いました。私も支えられる経験や赦される経験を重ねることで、神への信頼を深めていきたいと思わされました。

2020年2月23日 園部会堂

《説教要旨》「神我らと共に」ヨハネによる福音書1章14-18節

片岡広明牧師

 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。

ヨハネによる福音書1章14節

 主の御降誕の喜びに溢れつつ新年を迎えました。世間ではすっかりクリスマスは終わっていますが、1月6日の公現日までがクリスマスの期間です。今日の聖書では「言は肉となってわたしたちの間に宿られた」と語られています。ヨハネによる福音書はマタイやルカのような降誕物語を語ってはいませんが、「言は肉となった」という表現で神の子であるキリスト・イエスが肉体をもってこの世にお生まれ下さったことをこのように言い表しているのです。

 「わたしたちの間に宿られた」とは、神の子であられるキリスト・イエスが人間となってこの世にお生まれ下さり、肉体の痛みも人の心の痛みもわたしたちと全く同様に経験されるべく、この世にお生まれ下さった、そのことによって、み子イエスはわたしたちの痛みも苦しみも、喜びも楽しみもすべて、わたしたちと共にして下さる方なのだということ、イエスはわたしたちのことをすべて分かって下さる方であられるのだということ、わたしたちの救い主はそのような方なのだと言っているのです。

 神の言葉が宿る。そして神の御心が表される。そのことは、み子イエスから始まって、わたしたちの内にも起こっていくのです。イエスとの出会いを通してわたしたちは神様の御心に触れます。わたしたちの内に神様の御言葉が豊かに宿ります。わたしたちは神から離れて神を知らずに生きていたのが、神を知る者とされ、神と共に生きる喜びのうちに生かされていくのです。これがヨハネ福音書が伝えたクリスマスのメッセージです。新しい年、神様の御言葉を豊かにいただき、御言葉に生かされる一年を送りたいと思います。

2020年1月5日 亀岡会堂

新しい年が豊かに祝福されますように

宇田慧吾牧師

 2020年を迎えました。皆さんは新しい年をどのような気持ちで迎えているでしょうか。私は昨年を振り返りながら、感謝すること、反省すること、今年はもっとがんばろうと思うこと、あれこれ思いめぐらせています。

☆「丹波新生教会に導かれたことに感謝」

 祈りをもって未熟な私を支えてくださる方々、友となれた仲間、信仰者としての生き方を示してくださる先輩方、皆さんにお出会いできて本当に感謝しています。いつも皆さんに支えられ、教えられながらすごしています。

☆「宇田先生=忙しい」

 ふらっと園部会堂に寄ってくれた方が「宇田先生=忙しい」というイメージと仰られました。昨年の中頃は積極的に活動しすぎた上に初めての育児が重なり、オーバーワークになってしまいました。意識してブレーキを踏み、だいぶ落ち着きました。最近は家族との時間も大切に過ごすことができ感謝です。

☆「NPO法人そのべる、順調に活動しています」

近況としては『なんたんええ活動団体大賞』を受賞しました(副賞10万円!)。地域や学校、行政の方たちに支えられ、たくさんの出会いをいただいています。

☆「一信仰者として成長したい」 

昨年は苦しさや徒労感にさいなまれる時にも希望を見失うことなく忍耐し祈り続けることができました。一方で、他者に寄り添うことの難しさや自分の牧会の未熟さを痛感する一年でもありました。自分の力ではなく神さまへの信頼を深め、信仰者として成長していきたいと思います。

2020年1月5 日

《説教要旨》「わたしを遣わした方」ヨハネによる福音書7章25-31節

宇田慧吾牧師

 キリストはたくさんの誤解を受けました。誤解を受けた経験がないという人はいないと思います。善意で相手のためにしたつもりでも、怒りを買ってしまうということも時にはあります。キリストは愛に生きたにもかかわらず、真意を理解されず、人の怒りを買い、終いには十字架にかけられてしまいました。そんな中でキリストは「わたしを遣わした方」に心を向けていました。人に誤解されても、「わたしを遣わした方」と心が繋がっていたことが、キリストの支えであったようです。

 一部の人たちからは誤解を受けましたが、一方で「イエスを信じる者」もいたと書かれています。この人たちはどういう人たちだったのでしょうか。きっと、キリストに出会うことで、助けられた人たち、励まされた人たち、救われた人たちだったと思います。私たちも人生の中で与えられた出会いの中で、出会った全ての人に理解され愛されるということはなかなか難しいと思いますが、何人かでも出会うことができて良かったと互いに思えるような人がいたらそれは幸せなことだと思います。

 神さまは私たちを愛に生きる者としてこの世に遣わしました。愛に生きようとする時には、喜ばしい実りを結ぶ時もあれば、誤解やすれちがいに苦しむ時もあります。ただ、どのような時にも、私たちに命を与え、この世に遣わした神さまは、私たちと共にいて、私たちの涙も喜びも共にしてくれます。

2019年12月1日 園部会堂

《説教要旨》「一粒の麦」ヨハネによる福音書12章24-26節

宇田慧吾牧師

 ハブ茶の種を教会の庭に蒔きました。収穫期を迎え、子どもたちと一緒に実った鞘から種を取っています。小さな種なので時々「あっ」と床に落とします。

 キリストは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ」と言いました。この言葉は一見取るに足らない一粒の麦に生命力が秘められていることを私たちに思い出させます。この死後に多くの実を結ぶ生命力は人間にも秘められています。

 この教会に着任して1年目、重度の認知症ゆえ病院で寝たきりで過ごしている方を訪問することがありました。自分も高齢になれば、こういう日が来るのかなと考えながら病院を後にしたりします。その方は会話も不自由な状態でしたが「お祈りしましょう」と言うと、得意気に手を組んで最後は「アーメン」と唱和していました。逝去された後も時々その方のことが思い出されます。そして私を諭してくれます。健康について、人生の有限について、最後まで残るものについて。その方は認知症になることで自分が望むような生き方を手放したと思います。一方、手放した後も神さまに用いられる命を生き続けています。

 床に種を落としても、さほど気にならないように、生命力の神秘に鈍感であることができます。また、働き盛りや健康が「生き生き」であるように思い、病気や死を越えて用いられる永遠の命に私たちは鈍感であることができます。けれども、神さまはいつも変わることなく命の価値を定めています。高価で貴いものと定めています。最期には私たちも一粒の麦のように地に落ちます。そして多くの実を結びます。        

2019年11月3日 園部会堂

《説教要旨》「何も持たずに世に生まれ」テモテへの手紙 一 6章1節~12節

片岡広明牧師

わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。テモテ 一 6章7節

 今日は世界聖餐日、世界宣教の日を迎えています。私たちの教会ではこの日に先んじて先週の日曜日、園部合同礼拝において聖餐にあずかりました。わたしたちは世界中の諸教会の人々とキリストによって結ばれているのだということを覚えたいと思います。世界の宣教のために祈りましょう。テモテへの手紙は長年にわたって経験を積み重ねてきた伝道者パウロから、若くて経験の浅い伝道者テモテへの励ましや勧告の言葉をつたえる手紙として書かれたという形をとっています。ここに述べられているのは、教会の宣教の業を担っていくにあたって、心得ておくべき大切な事柄としていくつかの具体的な課題を挙げて勧めを語っています。今日の箇所には奴隷と主人という社会的立場の秩序を守るようにということと、富に関する教えとが語られています。その前のところでは、老人に対して、若者に対して、身寄りのないやもめに対して、教会の長老に対してなど、具体的な勧めを語っています。いろいろな人たちを、それぞれの人々のことをよく理解しながらイエスの御言葉によって信仰へと導くのが教会の使命であり、伝道者が神様から託されているつとめなのです。信仰こそがすべての人にとって何よりも大切な宝なのです。

 先週、合同礼拝でひとりの方の洗礼が行われました。その信仰に至る歩みを神様が導いて下さったことを皆で共に喜び分かち合いました。その際の説教で語られたことの中に、丹波ヨブの話がありました。ハンセン病を患い、病による苦難と貧しさの中で信仰を持ち続け、生きる望みを持ち続けた信仰の証しを伝え聞く幸いをいただいていることは、わたしたちの教会の誇りです。どんなにたくさんのお金を蓄えても、お金は使えばなくなります。いつまでも残るもの、信仰と希望を愛を、わたしたちも求めていきたいのです。

2019年10月6日 亀岡会堂

《説教要旨》「父は待っている」ルカによる福音書15章11-32節

宇田慧吾牧師

 今日は洗礼式があります。洗礼を受けるFさんに「洗礼の記念品は何がいいですか」と尋ねると、「友吉さんがなぜ洗礼を受けたのか知りたいので、その資料が欲しいです」と仰られました。友吉さんはFさんの曽祖父です。曽祖父の友吉さんが洗礼を受けられたことから、F家と教会の関わりが始まりました。

 結論から言うと、友吉さんがなぜ洗礼を受けたのかについてのはっきりとした資料は見つかりませんでした。ただ、友吉さんが1890年に洗礼を受けておられ、この年は丹波教会が創立された6年目であり、その時の牧師であった留岡幸助から洗礼を受けたということは資料から分かりました。これらのことから、当時の教会の様子や留岡幸助牧師の働きが、友吉さんの受洗理由にある程度関係しているのではないかと想像します。

 当時の教会の様子は今と比べれば特別なものでした。京都市内から同志社の学生や宣教師が歩いて伝道に来ていました。彼らの感化から洗礼を受けた村上太五平という人物は熱心な伝道活動をして「丹波教会の父」と称されました。彼は回心前は「酒豪と放蕩で知られていただけに彼の変化はそれ自体が説得力を持ち、キリスト者になる者が多かった」と記録されています。またこの時代、胡麻には丹波ヨブと呼ばれた野林格蔵がいました。彼はハンセン病患者として差別を受けましたが、信仰者である母から受け取った「格蔵、信仰だけは落とすなよ」の言葉を胸に最期まで信仰を貫かれました。また当時はキリスト者への迫害が激しく、胡麻会堂は発足直後に何者かの放火によって全焼しました。翌日、教会員一同で焼け跡を片付けている時、その中の一人が「犯人を告訴すべきだ」と発言したところ、他の会員たちは「それは違う。聖書に『敵を愛し、憎む者のために親切にせよ、呪う者を祝福し、辱める者のために祈れ』とある」と諭し、一同その場に座して祈りを捧げ、一層、強い信仰の絆に結ばれた、との記録があります。一か月後、会堂は再築され、献堂式が行われました。これらは友吉さんが洗礼を受けた当時の教会の様子の一端です。

 友吉さんに洗礼を授けた留岡幸助牧師は、日本の社会福祉の先駆者として著名な人物です。監獄で受刑者と関わる教誨師としての活動や、非行少年や保護者のいない少年と共同生活をして更生をはかる家庭学校を日本でいち早く始めました。丹波教会での在任期間は二年半と決して長い期間ではありませんでしたが、友吉さんの息子にあたるHさんは「丹波教会の歴史の中で牧師と信徒、信徒同士の深い交流があったのは留岡牧師の時代」と証言していたそうです。留岡幸助の牧師としての働きについては次のような記録があります。「講壇に立って、偉そうぶって説教をたれるような牧師ではなかった。民衆の心をつかむため、つねに彼らの中に分け入って行こうと心がける牧師であった」。「構えた姿勢でキリストの教えを説くのではなく、丹波の民衆の生活に密着した、幅広い日常的な実践を大切にしていた」。「彼の伝道にはいつも生活と汗のにおいがこもっていた」。留岡幸助が感化を与えた教会員の一例として、田中藤左衛門は、後に園部幼稚園や淇陽学校を創設し、初代園長、初代校長を務めました。

 留岡幸助自身は「人間の美しさ」について基督教新聞に次のような文章を書いています。「およそ人の本当の美しさというものは孤立した関係からは生まれない。夫婦という関係があって、夫婦の愛の美しさが生れる。親子の関係も、また友人にしても同じである。・・・およそ人のうちにあってもっとも美しいのは愛である。その愛の中でも聖霊を心に受けて、神の霊に触発された愛の人ほど美しいものはない。本当の人間の美しさとは、複雑な人間関係の中で育てられる愛であり、その愛が神の愛に覆われた時である」。
 この文章からは留岡自身が「人との関係」を大切にしており、その中でも特に「人間関係における複雑さの中で愛が育てられること」を大切にしていたことが受け取れます。

 友吉さんがなぜ洗礼を受けたのかについて、確実な理由は分かりません。ただ、今ご紹介した教会の様子の中で、また留岡幸助牧師との関わりの中で洗礼を受けたということは歴史上の事実です。そもそも、『なぜ』について私たちはいつも全部を知ることはできません。すべてをご存知なのは神さまだけです。友吉さんが洗礼を受けたのは、今日こうしてFさんが洗礼に導かれるためだったのかもしれませんよ。

 今日の聖書箇所は「放蕩息子のたとえ」でした。放蕩息子が父のもとを離れて、自由を謳歌していた時、息子は父のことを忘れていました。けれども、父は息子のことを忘れていませんでした。戻って来た息子を見つけると、走り寄って抱きしめました。父は息子を待っていました。
 Fさんは子どもの頃、園部の教会学校に通い、その後は教会を離れ、今こうして教会に戻ってこられました。その数十年の間、Fさんが放蕩の限りを尽くしていたとは思いませんし、父のことを忘れていたかどうかは分かりませんが、父はいつも待っていました。今日この日を、天の父も、友吉さんも喜んでおられることでしょう。

 この後、洗礼を授け、聖餐をします。洗礼に立ち合う私たちも、信仰を新たにしましょう。自分が信仰に導かれた時のことを思い起こしましょう。また、聖餐にあずかり、キリストが私たちのために十字架にかかって、その身を裂き、血を流されたこと、その深い愛を思い起こしましょう。

2019年9月29日 園部会堂

牧師日記 9月20日

宇田慧吾牧師

 印象的なfacebookの投稿がありました。地域で親しくしている方のものです。一部修正して転載します。

(以下)

夏休み明けて息子が本気で学校に行くのを嫌がった。夏休み明け翌週、月曜日に法事があって学校を休み、火曜日の朝学校に行くのを嫌がった。原因はやはり宿題だった、月曜日休んだので、火曜日の昼の休み時間に宿題をみんなの前でしなくてはならないのが嫌なようだ。問題はそこじゃない。火曜日の朝に息子が怯えながらこう言った。「農業するし、家の手伝いもする、良い子にするから、学校に行かせないで」この子は、自分の存在意義を無条件に感じれていないんだ。学校で優等生になるか、家で優等生になるか。

ショックだった。生きているだけ、それだけで彼には存在する価値がある、無条件で自分を愛して、彼として生きる事が彼の最大の仕事であって欲しい。その事を感じれていないのは、それは親である僕もまた、自分自身を無条件に愛する事ができていないからだったと思う。有機農家、自給自足家、少林寺拳法の先生、デモクラティックスクールの卒業生、そしてなにより大きな働きをなした父の息子として、なんらかの成功をしなくてはいけない、そんな風に思っていて、常に焦って生きてきたように思う。学校はとりあえず宿題のやり方を変更することで、息子も納得して学校にいきはじめた。僕も少しずつ、何者でもない自分を愛せるようになっていけそうな気がします、何者でもない子どもたちを愛せるように。

(以上)

 「無条件に愛されていること」「存在しているだけで価値があること」、そのような神の愛を牧師として語り、信仰者として信じているのはもちろんですが、自分の心の奥の方にも「自分自身を無条件に愛せていない」気持ちがあるなと思いました。そういう気持ちにせかされて努力してこれたという面もありますが、一方、そういう気持ちに追い立てられていつも焦りがあるというのもよく分かります。

 普段は日常をこなすため、自分の心の深いところにある気持ちはとりあえず奥にしまっておいてしまうものですが、「無条件に自分を愛せない気持ち」そんな気持ちも自分の心の中にあるんだなと気づくと、そういう自分も含めて神さまは愛してくれているんだなとしみじみ感じたりします。

2019年9月20日

《説教要旨》「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい」ルカによる福音書12章35-48節

宇田慧吾牧師

 神さまの僕として、神を愛し、人を愛して生きたいと願っています。けれども時折、心や体が弱っていて、奉仕する力が湧き上がってこないような時もあります。そのように神さまの良い僕でありたいと願いつつも、今は力がないと感じている人に向けて、今日の聖書の言葉は語りかけています。

 キリストが主人と僕のたとえ話をしました。おもに二つのことが語られています。①主人が見ていない時でもご奉仕する準備をしていなさい。②夜であっても準備していなさい。「見ていない時でも」というのは分かりますが、どうして「夜」も備えるように勧めたのでしょうか。私はこの言葉を自分へのメッセージとして受け取る時、「夜」という言葉の意味がよく分かるように感じました。心が元気な時、信仰的に充実している時には、たくさんの奉仕をすることができますが、一方、心が弱っている時や信仰的に渇いている時には、奉仕する力がなく、夜のような時をすごします。そのような時にこそ、キリストは「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい」と勧めました。

 夜を過ごす時の自分や、いま教会の中で夜を過ごしている方たちを思い浮かべて、この言葉をどのように受け取れるかを想像しました。半分は素直に受け取りたいと思いました。心や体が弱っている時にこそ、腰に帯を締め、ともし火をともしたいと願います。もう半分は、完璧でなくてもいいのだと思いました。力がある時のように大きな奉仕ができなくても、小さく細々とでも神さまと繋がり、今できる奉仕をできれば、それで十分なのかなと。キリストは私たちに語りかけています。「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい」と。

2019年8月25日 亀岡会堂