共にいて歩いてくださる方

私たちは、思いどおりにならない出来事に直面し、希望を失ってしまうことがあります。信じていたことが揺らぎ、これからどこへ向かえばよいのか分からなくなることもあります。

 

聖書には、そんな二人の弟子の姿が描かれています。彼らは、イエスの死によって希望を失い、エルサレムを離れて歩いていました。しかし、その道の途中で、復活したイエスが彼らに近づき、一緒に歩き始められます。二人はすぐにはイエスだと気づきませんでしたが、イエスの言葉を聞き、食卓を囲む中で、やがてその存在に気づきました。

 

私たちも、神の存在を感じられないときや、信じることが難しくなるときがあります。それでも、私たちが気づかないときにも、神は私たちと共に歩いてくださいます。

 

信仰とは、いつも迷わずに歩くことではありません。希望を失ったときにも、共に歩いてくださる神に出会い、もう一度歩き始めることなのです。