「神はあなたの名を呼ばれる」

モーセは、過去の失敗から逃れ、異国の地で静かな生活を送っていました。しかし、神は燃える柴の中から「モーセ、モーセ」とその名を呼ばれます。


神が与えられた使命は、かつてモーセが自分の力で果たそうとして失敗したものでした。神はその使命を果たすために、能力ではなく、「わたしはあなたと共にいる」という約束を与えました。その臨在はにモーセを支え続けました。


私たちもまた、過去の失敗や不安によって人生から逃げていく時があるかもしれません。しかし神は私たちに呼びかけます。そして「わたしはあなたと共にいる」と約束します。


モーセは神からの呼びかけに対して「はい、わたしはここにおります」と応えました。人生の重要な転換は、自分の強さではなく、神の呼びかけに「はい」と応えるところから始まります。

祝福が見えない夜にも

人生には、神さまの祝福が見えなくなる夜があります。
将来への不安や、大切な人との別れ、思いがけない出来事の中で、「神さまは本当に共にいてくださるのだろうか」と感じることがあるかもしれません。

創世記32章には、そのような夜を過ごしたヤコブの姿が描かれています。
兄エサウとの再会を前に恐れに包まれたヤコブは、神と格闘し、「祝福してくださるまで離しません」と訴えました。

神はすぐに恐れを取り去られたわけではありません。
ヤコブは足を引きずる体となり、なお兄のもとへ向かいます。
しかし、その歩みは以前とは違いました。
自分の力ではなく、神に信頼して歩む者へと変えられていたのです。

主イエスも十字架の上で、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれました。
それでも神は復活という、人の想像を超えた仕方で応えてくださいました。

私たちにも、祝福が見えない夜があります。
しかし、そのような時にも神は私たちに向き合い、共に歩み、前へ進む力を与えてくださいます。

ヤコブのように、「祝福してくださるまで離しません」と祈りながら、神を信頼して歩んでいきたいと思います。