祝福が見えない夜にも

人生には、神さまの祝福が見えなくなる夜があります。
将来への不安や、大切な人との別れ、思いがけない出来事の中で、「神さまは本当に共にいてくださるのだろうか」と感じることがあるかもしれません。

創世記32章には、そのような夜を過ごしたヤコブの姿が描かれています。
兄エサウとの再会を前に恐れに包まれたヤコブは、神と格闘し、「祝福してくださるまで離しません」と訴えました。

神はすぐに恐れを取り去られたわけではありません。
ヤコブは足を引きずる体となり、なお兄のもとへ向かいます。
しかし、その歩みは以前とは違いました。
自分の力ではなく、神に信頼して歩む者へと変えられていたのです。

主イエスも十字架の上で、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれました。
それでも神は復活という、人の想像を超えた仕方で応えてくださいました。

私たちにも、祝福が見えない夜があります。
しかし、そのような時にも神は私たちに向き合い、共に歩み、前へ進む力を与えてくださいます。

ヤコブのように、「祝福してくださるまで離しません」と祈りながら、神を信頼して歩んでいきたいと思います。