《説教要旨》「復讐せず」ローマの信徒への手紙12章9-21節

片岡広明牧師

 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。(ローマ 12章19節)

 パウロは今日の箇所でキリストの福音を実践していくにはどうすべきかということについて、「愛には偽りがあってはなりません。」と、真実な愛の実践を勧めています。どんなに愛の人を装っていても、人はごまかせても、神様に対して偽ることはできないのです。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」の御言葉もよく知られています。うわべだけでなく心から喜びも悲しみも人と分かち合える者でありたいと思います。

 19節には「自分で復讐せず、神の怒りにまかせなさい。」とあります。きっとローマにあるキリスト者たちが置かれていたのは、とてもつらい立場であったのだろうと思います。十字架で殺されたイエスが神の子キリストであるということは当時のローマの多くの人々からすればたわごとのようにしか思われなかったことでしょう。そのために彼らは苦しめられ、迫害されていたでしょう。自分たちを苦しめる者に対して怒りや復讐心を抱くことも無理からぬことかもしれません。それはローマにあるキリスト者だけの問題ではなく、キリスト信仰など愚かなことであると考える不信仰な世にあって苦労するキリスト者がいつでも直面することなのです。しかしイエスが十字架の犠牲を払って示された愛は限りなく深く広いものでした。この世にあってどんなに苦しめられ、虐げられ、迫害されるようなことがあっても、決して人に対して恨みを抱いたり、復讐心を燃やすことなどがあってはならないのです。8月は平和のために祈る月です。個人と個人との間に平和を造り出すことは、国と国、世界の平和へと広がっていくものだと思います。戦争によって復讐や報復が繰り返されてきた世界の人々が神様の御心に立ち返り、平和な世界の実現へと向かっていきますようにと祈ります。

2019年8月18日 亀岡会堂

《説教要旨》「同じ思いを」フィリピの信徒への手紙4章1-7節

片岡広明牧師

 わたしはエボディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。なお、真実の協力者よ、あなたにもお願いします。この二人の婦人を支えてあげてください。(フィリピ4章2節-3節)

 今日の平和聖日にあたって、フィリピの信徒の手紙を読みました。ここに出てくるエボディアとシンティケという二人の女性は教会の中でそれぞれに力ある働きをしていた人のようですが、二人は仲たがいしていたようです。「主において同じ思いを抱きなさい」とパウロは勧めました。心に思い描くことは人それぞれにあり、心を合わせることは時に難しいものですが、「主において」、すなわち主イエスが人と人とを結び合わせて下さるのです。イエスのみ心は、「互いに愛し合いなさい」と語られたイエスのみ言葉によって言い表されています。すべての人が共に主の救いにあずかり、心をひとつにして共に生きる者となることなのです。イエスは十字架の犠牲によってその愛を自ら表して下さったのです。それこそが世界にまことの平和をもたらす主のみ心なのです。

 昨日、京都戦争体験を語り継ぐ会の集いに行ってきました。今年は「三世代で語り合う」と題して二十代、四十代、八十代の三名の世代の異なる方々がそれぞれの立場で平和のための活動をなさっておられるお話を伺いました。若い方たちが戦争体験者の平和への思いをしっかりと受け継いでおられることを伺い、心強く思いました。沖縄戦遺骨収集活動の中で集められた遺品の展示がなされました。戦後七十四年、今も遺骨収集が終わっていないという事実が、戦争の残酷さ、空しさを物語っています。

 八月第一日曜日は平和聖日です。平和のために祈り、平和について考え、真の平和の実現のためにみんなで力を尽くしていくために、心をひとつにし、思いをひとつにして今日の礼拝を守りたいと思います。

2019年8月4日亀岡会堂