教会に通わずに聖書を学びたい方のために No.26

宇田慧吾牧師

今日は、ローマの信徒への手紙11章25-36節を読みます。

11:25兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように、次のような秘められた計画をぜひ知ってもらいたい。すなわち、一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人全体が救いに達するまでであり、 11:26こうして全イスラエルが救われるということです。次のように書いてあるとおりです。「救う方がシオンから来て、ヤコブから不信心を遠ざける。 11:27これこそ、わたしが、彼らの罪を取り除くときに、彼らと結ぶわたしの契約である。」 11:28福音について言えば、イスラエル人は、あなたがたのために神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に愛されています。 11:29神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。 11:30あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。 11:31それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。 11:32神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです。 11:33ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。 11:34「いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか。 11:35だれがまず主に与えて、その報いを受けるであろうか。」 11:36すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

《メッセージ》

助けたいと思っても助けてあげられない時というのは、何とも寂しい気持ちになります。

そういう時、パウロは神さまの「計画」「道」を信じていました。

神の配慮からこぼれ落ちているように見える時があっても、ちゃんと神の用意した道を歩いている。

その道は、人の知識では究め難い。

かたくなや不信人、罪、敵対、不従順さえも織り込み済みの道。

むしろ、そういったマイナスの経験を通して、神の憐れみに気づかせる。

神の「計画」「道」は不思議です。

「すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている」

 

《おまけ》

最近、ちょっと元気すぎる少年をどう注意するかについてボランティアの青年と相談していました。

「この子はどうなっていっちゃうんだろう」とか「自分もそういう子だったなぁ」とかいろんな思いが浮かんできます。

愛情をもって叱ったり、許容したり、さじ加減を調整していこうと思いますが、根本的には神さまが彼に用意してくれている道を信頼しようと思いました。

人が成長するきっかけや出会いは、人智では計り知れないものですものね。

2020年7月12日