教会に通わずに聖書を学びたい方のために No.17

宇田慧吾牧師

 今日は、ローマの信徒への手紙8章18-30節を読みます。

08:18現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。 08:19被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。 08:20被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。 08:21つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。 08:22被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。 08:23被造物だけでなく、“霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。08:24わたしたちは、このような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。 08:25わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです。

08:26同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。 08:27人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。 08:28神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。 08:29神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。 08:30神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

 前回はパウロの抱えていたジレンマがどのように解決されたかが語られていました。

 ポイントは「罪の赦し」「霊的な支え」「幼子のように神に頼る」でした。

今回は「苦しみの意味」がテーマです。

パウロはキリストの救いを経験した後にも、苦しみが消えたわけではありませんでした。

むしろ、苦しみの意味に目が開かれました。

パウロは苦しみの先にとても良いものがあると信じていました。

また、今ある苦しみも神の意志のもとにあると信じていました。

一般に苦しみはマイナスに捉えられますが、パウロはそうは捉えなかったようです。

逆に、忍耐や希望を生み出す源と捉えています。

聖書には次のような言葉があります。

「涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる」詩編126:5
「悲しみは喜びに変わる」ヨハネ福音書16:20
「今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる」ルカ6:21
「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」ロマ5:3-4

苦しみや涙はそのままでは終わらず、喜びや希望につながっているというのが聖書の基本的な捉え方です。

また、パウロは「聖霊の助け」についても語っています。

「霊が弱い私を助けてくれる」
「どう祈るべきか分からない時にも、言葉にならないうめきを執り成してくれる」

一般に、困難は助け合いや支え合いを生みます。

信仰を持って生きる人の場合、困難な時、神さまが助け、支えてくれます。

「万事が益となる」とパウロが言っている通り、すべての苦しみは苦しみのままで終わらず、希望や忍耐や助け合いを生みます。

2020年5月3日